音読せよ、ミシュランガイド東京2016



ミシュランガイド東京2016


「ミシュランガイド東京2016」の発売日は本日12月4日ですが、メディア向けの発表会は12月1日に行われており、今年の掲載レストランは全て明らかとなっていました。

話題としては、巣鴨にある「蔦」がラーメンというカテゴリにおいて世界で初めて星を獲得したこと、カテゴリにカレー、ギョーザ、ポルトガル料理、ペルー料理が新しく加わったことなどが挙げられます。発表会が行われた日から連日何かしらの記事を目にすることからも、世間の耳目が集まっていると言えるのではないでしょうか。
このように盛り上がっていることを鑑みれば、昨年カテゴリに新しくラーメンを加え、そして今年はラーメンに星も与え、ラーメンを段階的に取り込んだことは大きな意味があったように思います。さらには、カレーやギョーザといった日本の大衆食を加えたことも非常に意味があったことだと捉えられるでしょう。

「ミシュランガイド東京2015はどうして話題となっているのか?」でも述べたように、ラーメン、カレー、ギョーザばかりを好んで食べるようなミシュランガイドにあまり興味がない人にも関心を持たせることができたのは、商業的に成功であったと考えてよいでしょう。何故ならば、日本では、こういった手頃な値段のカテゴリの料理を食べる人は、例えばフランス料理や日本料理などの高級料理ばかりを好んで食べる人よりもずっと多いはずであり、マジョリティであることは明白だからです。

注目したいレストラン


私としては昨年ラーメンがカテゴリに加わった時点でもはや何でもありなのだと理解していたので、ラーメンでもっと多くの星が付いていたとしても不思議ではありませんでした。

では、何に注目したのかと言えば、行列で有名な讃岐うどん「丸香」や、人気の日本風カレー「トマト」がビブグルマンを獲得したことも興味深いところでしたが、最も注目したのは1つ星を獲得した以下3つのレストランです。

* フロリレージュ
* アジュール45
* ティルプス


理由はこうです。
これらのレストランは全て実質的には星を戻したといってもよいからであり、さらには常に果敢なチャレンジを行った故の結果だからなのです。

フロリレージュ


フロリレージュ
フロリレージュ


フロリレージュはオーナーシェフ川手寛康氏のレストランで、「ミシュランガイド東京・横浜・湘南2012」までは星を獲得していましたが、星がなくなったからといって、客足が遠退くわけでもなく、フロリレージュがオープンした2009年以降何ら変わらない予約の取れない人気のレストランでした。

品数は多く、値段は良心的な設定であったことに加えて、フォアグラとメレンゲの組み合わせといった面白い一皿が人々の記憶に刻まれるなど新しいことにも創造もしており、食べログでも4.31点(記事投稿現在)の高評価を得ていたり、メディアにもよく紹介されたりするなど、極めて順調であると感じていました。

しかし、以前インタビューした時に、川手氏が述べた「現状には満足していない。次のステージを目指したい」という言葉通り、2015年3月19日には南青山から神宮前へ移転、リニューアルオープンしたのです。場所が変わっただけではなく、他にはないほど大規模な長大で重厚なオープンキッチンを造ったことにも驚きましたが、それに加えて、フォアグラとメレンゲといったシグネチャーディッシュも捨て去り、全てを一から再構築したのです。オーナーシェフが川手氏であること、および、名前がフロリレージュであることは変わりませんが、全く新しいレストランとして生まれ変わったと言えるでしょう。

飲食業界は浮き沈みの激しいので、これまでの上客を失うリスクを考えたなら、人気店がここまで変わることはなかなかできません。信念と勇気、自信と決断力が必要だったことは明白であり、そこからまた星を獲得したことは非常に注目されるべきことであると思います。

アジュール45


アジュール45
アジュール45


今度はホテルへと目を向けてみましょう。

宮崎慎太郎氏はオーグ ド ジュール ヌーヴェルエールでシェフを務めていましたが、「ザ・リッツ・カールトン東京「アジュール フォーティーファイブ」にミシュランシェフが電撃就任」でも紹介したように、ザ・リッツ・カールトン東京「アジュール フォーティーファイブ」へと移りました。

町場の星付きレストランからホテルのレストランへ移動した(異動ではありません)ということで、これは非常に驚きを持って伝えられ、私自身も驚いたので記事にしたのです。同じレストランと言っても、町場とホテルではまるで異なっており、箱の大小、物事のスピード感や進め易さ、客層の違い、設備の質などが違っていて、宮崎氏自身も「周りに相談したら止められた」と吐露しています。

確かにホテルのフランス料理と言えば、「日仏フランス料理界をリードする若手料理人による伯仲のコラボレーション」で紹介したハイアット リージェンシー 東京「キュイジーヌ[s] ミッシェル・トロワグロ」、「フランス料理の歴史「トゥールダルジャン」の今」で紹介したホテルニューオータニ「トゥールダルジャン」、「【ミシュラン/最高級食材】ピエール・ガニェールのオマール・ブルーづくしコースとは?」で紹介したANAホテルインターコンチネンタル東京「ピエール・ガニェール」がありますが、これらのレストランは名前が本店を踏襲していることからも分かるように、本社側がコントロールしているので、アジュール45とは事情が異なるでしょう。

系列ホテルでは「2015年に注目したい大阪ホテルグルメ」で紹介したザ・リッツ・カールトン大阪「ラ・ベ」が星を獲得していますが、アジュールはもともと星を獲得していなかったレストランです。

レストランのシェフという同じ役割でありながらも、大きく異なる別の環境へ飛び込んだことは非常に勇気のある決断だったと言えるでしょう。宮崎氏の繊細で美しい料理がザ・リッツ・カールトンの巨大ブランドに飲み込まれず、むしろアジュール45を星へ導くことになったのは大変な偉業であると考えています。

ティルプス


ティルプス
ティルプス


ティルプスはオーナソムリエ大橋直誉氏のレストランです。2013年9月18日に3つ星「カンテサンス」跡地にオープンしたレストランで、食べログではTOP50(記事投稿現在)に位置する超上位レストランであり、僅か2ヶ月で「ミシュランガイド東京・横浜・湘南2014」で1つ星を獲得したかと思えば、シェフの寺田惠一氏が辞めたこともあり、「ミシュランガイド東京2015」で星を失いましたが、「ミシュランガイド東京2016」で再び星を獲得しました。

この激動の2年3ヶ月を、ユニークな大橋氏は「世界最速で星を取り、取られ、取りなおす」と述べていますが、それは「今日もどこかでノーショーは繰り返される」でも紹介したように、ノーショーをすら自らの糧にする大橋氏の精神力があってこそ、すぐに盛り返すことができたのではないでしょうか。
実際のところ、ティルプスは星を失ってからの方が動きは活発であったかと思うほどで、例えば、パティシエールの中村樹里子氏によるランチ限定のデザートコースを提供し、さらにはそれと日本酒を絡めてみたり、海外の星付きレストランのシェフとだけではなく、ラーメンチェーン店の一風堂とコラボレーションしてみたりと、まさに自由奔放そのものです。

ティルプスの「世界最速の動き」は、大橋氏の限りなき挑戦と不屈の精神によって生み出されるのではないかと感じています。

レストランが内包する物語


ロオジエ
ロオジエ


他にも注目したいたところでは、「ミシュラン2つ星「ドミニク・ブシェ トーキョー」が銀座に再び」で紹介したドミニク・ブシェが移転リニューアル後に再び星を獲得するかどうか、改装後に2つ星となったロオジエが3つ星へ返り咲くかといったところであり、結局のところ、どちらとも2つ星を獲得するという結果になりました。

レストランに関して、私は全てのカテゴリにではなく、特定のカテゴリに強く興味があるのですが、それだけでも様々な物語や背景が横たわっています。それ故、ただ星の増減だけに注目するのは無機質なことであり、その裏にある何かを知ることが大切だと考えているのです。

これまでフランス料理がミシュランガイドの話題を引っ張ってきたと思っていますが、昨年も今年もラーメンが引っ張っている感が否めません。ただ、もとを辿ってみれば、ミシュランガイドでは、3つ星は「そのために旅行する価値がある卓越した料理」、2つ星は「遠回りしてでも訪れる価値がある素晴らしい料理」と定義しているように、ここに掲載されるレストランは、物理的もしくは精神的にも距離感があると認められても訪れることを勧めたいほどのレストランなのであり、こういったことを土台にして考えてみると、ある程度は敷居が高い方が相応しいようにも感じます。

ミシュランガイドはあらゆるカテゴリとレストランを飲み込んでいき、マス化していく一方ですが、日本では最も重みがあると思われており、権威もあることを考えてみれば、このミシュランガイドにこそ単価も高くて普段はあまり行かないようなレストランへと足を運ぶ動機付けをしてもらいたいものだと切に願っています。そのためには、レストランのことを伝える私たちの側も、単にレストランの情報を羅列するだけの記事を書くのではなく、実際に足を運んで目を見開き、耳を傾けて舌に全精神を宿し、レストランが内包する物語を伝えていかなければならないのではと思うのです。

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フロリレージュ
アジュール45
ティルプス