帝国ホテルと神戸牛



ブッチャー


「六本木にステーキハウスが多い理由」でご紹介したように、熟成肉や赤身肉など肉ブームはまだ続いていますが、みなさんはブッチャーという職種をご存知でしょうか。

ブッチャーは以下のように説明されています。

スーパーマーケットで売っている牛肉が、ステーキ用とかシャブシャブ用とか、用途に合うサイズにカットされているのは、皆さんもよくご存じのはず。それと同様、ホテルの調理部門には、使う肉を調理の内容に合わせてカットする専門のセクションがある。それがブッチャーだ。ホテルの中の肉屋さん、ていう感じかな。


ブッチャーはホテルの中で肉屋のような存在としてあり、肉を目利きして仕入れ、熟成具合など状態を管理し、さらにはそれぞれのレストランの様々な要望に合わせて、部位や大きさを決めてカットしています。

ブッチャーはたいていのホテルにいますが、そのほとんどは兼業となっており、専任のブッチャーがいるというのは極めて珍しいことです。

そういった中で、10人もの専任ブッチャーを擁しているホテルがあります。

それは、「帝国ホテルのイタリアンフェアとサンドイッチ バイキングがヒットしている理由」でもご紹介した帝国ホテルです。

ブッチャーの先駆け


神戸牛のフィレとサーロイン
神戸牛のフィレとサーロイン


帝国ホテルの中で、ブッチャーという職種はフランク・ロイド・ライトが設計したライト館があった頃から存在していたので、つまりこれはライト館が竣工した1923年くらいにはブッチャーが存在していたということになります。

これを基準にし、ホテルオークラが1962年に、ホテルニューオータニが1964年にオープンしたことを併せて鑑みれば、帝国ホテルは自らが最初であると謳ってはいませんが、日本で最初にブッチャーを確立したホテルであると言ってよいのです。

肉料理の帝国ホテル


帝国ホテルの歴史を振り返ってみれば、歯痛に苦しんでいたオペラ歌手フョードル・シャリアピンのためにニューグリル料理長の筒井福夫氏がシャリアピンステーキ(叩いて薄くした牛肉にミジン切りにしたタマネギを漬け込んで柔らかくして焼いたステーキ)を考案したり、コメディアン王チャップリンが帝国ホテルの和牛ステーキに目がなかったりと、帝国ホテルには肉料理に関する物語がいくつか紡がれています。

こういったことからも、帝国ホテルの肉は一目置かれるべき存在であると私は思うのです。

専任ブッチャーの特徴


長崎県産の車海老
長崎県産の車海老


帝国ホテルの専任ブッチャーにはどういった特徴があるでしょうか。

キャリアパスに関しては、ブッチャーになる前に必ず他のレストランを経験します。これは肉がどのように調理されるのかを熟知してからブッチャーになることにより、それぞれの料理に適した肉を理解したり、レストランにとってどのような肉が扱い易いかを知ったりすることができるようにするためです。

また、帝国ホテル 東京では1日におよそ牛20頭分もの牛肉が使われています。これだけ多くの牛肉を扱えるところは他には中々ないので、ブッチャーは高い経験値を積めることでしょう。こういったことに加えて、精肉業者のところへ研修しに行き、そこで肉についての専門知識を深めたり、解体する技を磨いたりもしているのです。

帝国ホテルは、専任ブッチャーを置いているだけあって、その重要性をよく理解しており、力を入れてブッチャーを育成していると言ってよいでしょう。

嘉門


ここまでブッチャーについて説明してきましたが、ブッチャーが活躍する場として、どういったレストランを思い浮かべるでしょうか。フランス料理や洋食、ステーキなどもそうですが、やはり何といっても牛肉の味がダイレクトに影響する鉄板焼で、ブッチャーは本領を発揮します。

そして、帝国ホテルの鉄板焼と言えば、東京と大阪に同じブランドの「嘉門」という鉄板焼レストランがあります。

嘉門では、牛肉のブランドや肉質等級に惑わされず、全て専任ブッチャーが目利きでよい肉を峻別してその時その時で最高の肉を提供するという強い自負があるために、これまでは牛肉のブランドを謳うことがあまりありませんでした。

しかし、その帝国ホテル 東京の嘉門で今、神戸牛を謡ったフェアが数年振りに行われているのです。

嘉門の哲学


神戸牛のフィレとサーロイン
神戸牛のフィレとサーロイン


嘉門と言えば、いくつかの哲学がよく知られています。

焼いた時間と同じ時間だけ寝かせて肉汁を閉じ込めたり、肉にはやはりワインがとても重要だとソムリエを置いたり、コース最後のお食事の時に、東京ではオコゲを提供せず(頼めば付けてもらえる)、大阪ではオコゲを提供したり、ガーリックフライもいちから自前で作っており、ニンニクは水で1時間さらすことをオープン以来20年間も続けていたりと、こだわりは尽きません。

鉄板焼では、肉に関する知識や技が重要であることは当然のことながら、これに加えて、手を動かしながらも目の前にいる客に対して臨機応変に応対しなければならず、難易度が高いので、そう簡単に料理人の数を増やせません。

そういった状況の中で、大きなロの型カウンターや個室を含めて、全部で8つも鉄板カウンターがあるところを鑑みれば、帝国ホテル 東京の嘉門は、席数が最大規模を誇るだけに、優秀な人材もたくさんいると言ってよいでしょう。

その嘉門で、最高の黒毛和種(和牛)のひとつであり、世界に名だたる神戸牛のフェアが行われるとは私には感慨深いものがあります。

神戸牛フェアの背景


ご飯/味噌汁/香の物
ご飯/味噌汁/香の物


では、話を戻すことにして、なぜ嘉門で神戸牛フェアが行われることになったのでしょうか。

その背景は次の通りです。

日本のホテルの中では最も長い歴史がある帝国ホテルは今年2015年で実に125周年を迎えることとなり、全館を挙げて様々なフェアを行っています。

帝国ホテルが発祥となるものは数多くあり、先に挙げたシャリアピン・ステーキの他にも、1958年に「バイキング」レストランをオープンしたり、2014年から「【革新するブッフェ】帝国ホテルが始めた「バイキングコンシェルジュ」とは?」でもご紹介したバイキングコンシェルジュを置いてサービスの向上を図ったり、1952年に結婚式と披露宴をセットに行う「ホテルウェディング」を始めたり、1922年に20店舗もの規模を誇る「アーケード」を開いたり、1966年に今でこそどこのホテルでも行われている年末年始の「ディナーショー」を開催したりと、帝国ホテルの<初めて物語>には枚挙の暇がありません。

帝国ホテルは、印象深いエピソードやストーリー性から、2015年10月19日にフランスのパリで執り行われた世界各国のジャーナリストが評価するホテルの国際コンクール「プリ・ヴィレジアトゥール」で「最優秀アジアホテル賞」のグランプリを受賞したり、ムッシュと親しみを込めて呼ばれた村上信夫氏の後継者とされる総料理長の田中健一郎氏が2015年11月9日に日本のものづくりを支える優れた技能を持つ職人に贈られる「現代の名工」を受章したり(発表は8日、表彰式が9日)と、2015年は大きな1年となっています。

こういった状況の中で、前述したように帝国ホテル自らが謳ってはいないものの、ブッチャーも帝国ホテルの<初めて物語>と密接な関係にあり、このアニバーサリーイヤーを祝して肉に関しても最高のフェアを開催したいという考えがあって、神戸牛のフェアを行う運びとなったのです。

帝国ホテルの醍醐味


デザート
デザート


嘉門と同じ17階フロアの反対側にはインペリアルラウンジ アクアがあり、そこではランチブッフェやアフタヌーンティーを楽しめ、夜にはお酒も嗜めます。

実はこのラウンジの最も奥には、夜だけにしか開かれていない知る人ぞ知るバーエリアがあり、1924年から提供されている初代オリジナルカクテル「マウント フジ」も堪能することができるわけですが、帝国ホテルの魅力といえば、100年以上もの年月が経過しても決して色褪せたりしないその長大な歴史の端緒に想いを寄せ、慈しみながらそれをゆっくりと飲み干せることであり、さらには、ブッチャーによって峻別された神戸牛を嘉門で食べるというように、最高の料理人によって最高の食材を最高のホテルで楽しめることにあるのだと、私は改めて感じるのです。

情報

詳しくは公式サイトをご確認ください。

参考

レストラン図鑑にも嘉門が詳しく掲載されていますので、ご参考にどうぞ。